剣客無双?
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


特に定例の催しというものではないし、
どちらが秀でているかで衝突があったということでもない。
護衛対象が王の愛する寵妃らゆえ、
至近の護衛につくには女性がよかろと、
三人の王妃とその従者らがおわす後宮の
内部での護衛役にと国中から集められたのが、
いづれも腕に自慢の女傑らで。
体術・剣術ともに相当なる心得があり、
そんじょそこいらの男衆になぞ そうは負けぬという自負も高いものの。
とはいえ そこは戦さに出るまでの経験もない身、
後宮へ襲い来る存在ともなれば、最悪、屈強な兵士となるに違いなく。
日頃からも鍛練を怠らない彼女らではあれ、
仲間内での組み手のみでは限界もあろう。
そこで月に一度ほど、外回りを警護する衛士らとの手合わせが、
秘密裏に行われており。
男女が打ち揃って 直接の掴み合いや取っ組み合いを催すなぞ、
前例もなかろう法外な仕儀なれど、
覇王様の御寶でもある妃様がたをお護りするお役目のための琢磨ゆえ、
例外中の例外とされた上で、しかも内部の者しか知らぬことなのであり。

  まま、
  選りすぐりの女衆に堂々と触れることが叶う場などという
  甘い幻想を抱く馬鹿も そうはおらぬのだけれども。

腕のほどは元より、心身共に鍛え上げられた結果としてのこと、
風貌肢体も優れた者が選ばれてはいるが、
どの女傑も男勝りであればあるほど善しとされたお立場ゆえ、
間合いに入ったが最後、
油断すればあっさりと投げ飛ばされるか叩き伏せられるか。
男衆としては、勝って当たり前、負ければ沽券に関わるとばかり。
娯楽的な気分なんてとんでもない、
仲間内でのそれ以上に、そりゃあ気を引き締めて挑む、
手合わせの儀だったりするのだそうで。

 『そういや、サルサやマギがたいそう腕を上げたとか。』
 『瑪瑙の宮のアズールも、体さばきが格段に良くなった。』
 『皆して翡翠宮のシノ殿との手合わせで、めきめきと成長著しいのだと。』
 『だが、それだけかなぁ。』
 『うむ。全員が全員、というのもなぁ。』

戦さへの常套、事前の情報収集まで怠りないのは、
そうまでの緊張感あってのことと言え、
こたびの手合わせには特に、皆を震撼させる噂が1つ。

  ―― 新入りの女傑が特に、技に冴えてござるとか。

安泰安寧の証しか、
賊があってもそちらへまで侵入するを許さぬ、
外周地帯の堅牢さという恩恵もあってのことか、
これまでそうそう補充もなかった女傑陣営のはずなのだが。
それとなく情報を集めて来た者の言によれば、

  あのお人にはなかなか歯が立たぬ、という

やや残念がるよなお声が、最近になって頓に聞かれるのだそうで。
負けん気の強い彼女らだというに、そんな評が飛び出すとは珍しいこと。
一応 警戒するにしくはなしというのが、
それがこたびの手合わせへの目新しい情報とのこと。


  そうしてそして、
  いよいよの“手合わせの儀”が
  執り行われることとなったのだが……




     ◇◇◇



何かしらの儀式や 若しくは厄日に重ならぬよう取り決められた、
穏やかな日和の平常日の昼下がり。
この頃合いといえば、
陽光の目映さも凶悪なほど溌剌としだすというに。
沙漠の真ん中でありながら
この王国には特に自慢の緑の数々が、様々な色合いで萌え出しており。
その瑞々しさを最もたたえし後宮に程近い平らな空き地を、
不要の資材でそれとなく外縁から目隠しした上で、
丹念に地均しして設けられた特設の鍛練場へ。
内宮護衛官の男衆らが十数人と、管理担当の内務執政官らが待ち受ける中。
そちらも十数人の女傑らが、
特に物おじするでない素振りのまま、
白亜の宮を彩りつつ巧みに封じてもいる蔓草の這う壁のどこかから、
ひょいひょいと次々に姿を現して。

 「久しいの、アガルダ。」
 「腕は落としちゃないだろうね、サマル。」

対峙の場にては、さすがに戒律を守ってのこと、
ヒジャヴで髪や顔をくるみ込んで隠しているため、
隊長格の年長者、挨拶に立ったアガルダという彼女以外は、
どれが誰やら判然としないのは仕方がないが。
さすがに警護がお役目、動きやすいようにを優先してのこと、
どの顔触れもこの地の女衆にしては随分と軽装な方であり。
ベールや何やでその身の隅々までもを覆うということはせず、
殊に、二の腕から先や膝から下といった、
四肢の末端をほぼ剥き出しという姿は、
色香より勇ましさをほとばしらせて、何とも勇壮軽快であり。
あらわとなった関節部や拳、脛なぞには、
鞣し革やその上への鎖を付け足した装具を巻いておいでで。
雄々しいのみならず、戦意満々な気概の現れというところかと。

 「では、これより手合わせの儀を執り行のう。
  組み手、一の組、先鋒前へ。」

体格のいい闘士らが、
互いの立ち位置からの間合いを四方へ取り合うに十分なほどという、
結構な広さの試合場を左右から挟んでの見守る格好。
強い陽射しを避けるための幌を掲げたそれぞれの陣から、
まずは組み手の先鋒が進み出て、

 「押し合いと腕ひしぎのみ、よしか。」
 「哈っ。」

殴りつけてもいいが、私闘ではなくあくまでも鍛練の場ゆえ、
地へと倒れ伏した相手が3つを数えるまでに立ち上がれぬか、
絞め技などから抜け出せず、
参ったと認めれば勝ちというのが組み手での決まりごと。
濃紺のヒジャヴを頭へ巻いて、
お顔へは目元だけを覗かせるベールを装備した、
ようよう日焼けした体格のいい女傑が、
堅さも頼もしそうな二の腕をぐんぐんと回しつつ、
試合場の中央へと進み出る。
女性へ触れるは身の穢れとするよな下らぬ思想はないながら、
慣れのない相手には違いなく。
若手が出たらしき男衆側の先鋒、
相手の気迫や余裕に少々飲まれたものか、まずはの出足が微妙に遅れ。
そのまま指を咬ませ合っての押し合いでも、
今度は意外な底力に振り回されて、
左右へと揺さぶられたそのまま、足払いをかけられてあっさりと撃沈し、

 どうしたどうした、アサラはお前のおばさんくらいの年増だぞ
 おや、よくアタシだと判ったね
 あんな豪快な足さばきする奴ァお前しかいねぇさね、と

気合いは十分ながら、結果へは朗らかな笑い声も沸くという、
気のいい手合わせが着々と続く。
試合の流れや拮抗などから、
時に明らかに手を抜いての“参った”が男衆から飛び出すが、
そのまま続けても疲弊するだけで実りはなしとか、
無理から振り切れば怪我をしかねぬとか、
女衆の側にも納得の“参った”なので騒ぎにまではならぬまま。
そして何より、

 「だーっ、何だ強ぇえっ。」
 「粘り腰が半端ねぇっ。」

これまでだとて、
そうそうあっさりと勝てた相手らじゃあなかったものの、
そこは男の意地もある。
ただでさえ護衛官という役職なのだ、
こちらだとて相当に腕に自慢の男衆のはずが、
直に当たった肌身で判る手ごたえに、皆して次々にぎょっとする。
常の手合わせが比じゃあないほど、
それぞれに手ごわくなっている彼女らであり。
腰のすわりようや軸足の踏み込みもしっかと頑強ならば、
力で押されても絶妙に隙をつく勘が冴えていたり、
関節技の繰り出しようが小癪だったりと、
同じ仲間内での手合わせと変わらない手ごわさであり。
こたびは余裕どころか、ムキになってのこと、
力技にて腰で投げて鳧をつけてしまい、
投げてからハッと我に返るよなケースも多々続出で。

 「何だ何だ、お前たち。」

管理担当の執政官殿も、
見慣れておればこそ、中身もちゃんと理解しておいでの上で、
何だか様子がおかしいぞと気づいてのこと、
男衆らへ案じるようなお声を出される始末。
そんな立ち合いが着々と進んで、
いよいよ槍や棍棒といった武具を使っての立ち合いに入る。
まさかに刃の立った本物は使わぬし、
急所近くの深い間合いへ飛び込めたら勝負有りという格好の対決で。
微妙な打ち込みや同時突きなどの場合、
両陣営からそれぞれ一人ずつつく審判役の合議で勝敗がつくのだが、
となれば ますますのこと、力勝負ではなくなるため、
勘のよさで相手の刃先を掻いくぐり、
思わぬ隙から懐ろへすべり込んだシノ殿が、
槍でのまずは一本を見事に勝ち取り。
棍棒と楯を用いた打ち込み合いでは、男性陣が一矢を報いての、さて。

 「では次。剣の代表、前へ。」

盾は持つも持たぬも随意としたサーベルでの立ち合いは、
これもまた勿論のこと、刃引きした剣にての打ち込み合いであり。
男衆の側からは、
一番の巧者としての座をここ数年は譲らぬ猛者殿が、
これもいつものこと、盾は要らぬと試合場中央へ歩みを運べば。

 「…おお。」

女傑の側から出て来やったは、
深紅の内着の上へ丈夫そうな麻のトーガをまとい、
激しく動いてもめくれぬようにか、
細い革紐でその身へぐるぐると縛りつけたような
変わったいで立ちの娘であり。
髪やお顔はやはりきっちり覆っておいでで、
目鼻立ちという見目を断ずるは他の女傑同様に不可能なこと。
ただ、そこだけが覗く双眸は、抜き身の刃の如くに冴えての鋭くて。
凛々しき立ち姿や雰囲気も、どこか只者ではなさげな印象がしてならぬ。
戒律の関係で、それが精霊や神憑りな存在であれ、
人や生き物の形をした塑像や絵画なぞ 以っての外というお国柄だが、
それでもその女傑殿には、どこか神々しいまでの麗しさがあり。
警護についておいでという武々しい肩書にしては、
随分と小柄で、腕も足もほっそりしなやか。
剥き出しの肌の瑞々しさから、若い女性だというのも見て取れて。
どうにも場違いな娘が放り出されたものだと、
最初のうちは 男衆の間に微妙なざわめきが広がりかかったが、

 「いや待てよ、あの娘こそ。」
 「はっ、そうか。」

下調べが功を奏してのこと、困惑もほんの一瞬で収まっての、
次に襲い来たのは新たな驚愕。
女傑らの上達振りと共に、その存在を警戒せよと伝えられし新入りが、
まさかまさか あのように小兵であったとは。
情報班の斥候偵察の者らが大仰なことは言うまいが、
それにしたとて…この屈強な顔触れの只中にあっては、
護衛の任に就く側ではないかのような、か細い小娘にしか見えない存在。

 「女傑同士の組み手でも、
  あっさりねじ伏せられそうな御仁だがの。」

まさかとは思うが、
どこぞかの権門の出だからと周囲が遠慮をしてのこと、
位を得たという筋違いな御仁だろうか。
…なんてな憶測も上がりかかったが、

 「そんな額縁だけの奴が、
  気性の激しいあいつらン中に放り込まれて3日と保つかよ。」

 「それもそうだ。」

刃引きされてはいても、重さはそのままという鋼の剣。
さすがにあまりに大物は扱いが大儀なのか、
随分と細身で、把や柄の意匠もほとんど目立たぬものを手にしておいで。
立ち合い場の中央までを颯爽と歩み出て来ると、
あらためて盾は持たぬかを問われたのへ、
声も出さずに ただただ頷き。
その所作の端にて ちろりと、
自分よりも上背のある相手を見上げた眼差しがまた、

 「…なっ。」

冴え冴えと冷めていながらも だからこそ、
射抜くような鋭さには、相手を逃さぬとするよな威容もあって。
不意を突かれたせいもあり、男衆側の剣豪殿が思わずのこと
ウッとたじろいでの息を呑んだほどだったが。

 「出たよ、挑発の一瞥が。」
 「テガンもマヌアも まずは頭来た撹乱だ。」

女傑らには いっそ馴染みが深い仕儀なのか、
いいぞ頑張れと喝采が上がる始末。

 「では…始めっ。」

審判の合図と同時、
鞘からすらりと抜き放たれたは やはり細身の真っ直ぐな刀身で。
ベールから覗く眼差しは、一時たりとも相手から離れない。
そのまま横へ立ち位置を変える彼女だが、
特に警戒しつつという堅さは感じられず。
いかにも無造作な足運びから、一見すると隙だらけに見えなくもないのだが、

 「…っ。」

太刀を差し延べれば、真っ赤な眼差しの上にかすかに覗く眉根が動き、
その微妙な変化に気を取られておれば、
あっと言う間に相手の姿自体が掻き消えて。
何だどこだと周囲を見回しかかった次の瞬間、
微かな気配だけを察しつつ、背条がぞぞおと凍りついた剣豪殿。

 「ま、参った。」

正しく瞬速、それは無駄のない所作との合わせ技にて、
その姿を気配ごと相手の視野から霞のように消し去っての。
次の間合いで音もなく死角へすべり込み、
首条へと刃をあてがわれては。

 “刃引きされない剣が相手だったなら、
  ほんの身動きだけで大怪我に至っていたろうの。”

こちらも達人なればこそ、勝敗を正確に見切れた結果であり。

 「おおっ、サリムの連勝が途絶えたぞ。」
 「何だ何だい、あの娘。」

勝者の誉れを告げられても、
一切声を発せずの、目礼だけで済ますほどの冷徹さであり。
いくら勝者だとはいえ、
傲岸に見えなくもない冷然とした態度なのへは、
ここまではどこか朗らかな立ち合いでもあったのが、

 「…ちょいとお高くとまってねぇか?」

サリムは ただ、あの細腕へ傷を残すのが哀れと思うただけよ。
さようさ。
そも、戦さ場での命懸けの連戦をこなした我らへ、
こんな形式ばった立ち合いでの勝ち負けを競そうなど意味がない…などと。
本末転倒な声までが聞こえよがしに立つにつけ、

 「何だい、負け惜しみかね。」
 「みっともないねぇ。」

こちらも負けじと
まだ試合場に立っていた女剣士への加勢半分に、
女傑らの内の何人かが、反駁もて言い立てる。

 「何だと、このアマ。」
 「何だもなにも。」

自分たちの代表としたほどだ、
娘の腕のほどは重々承知なのだろう彼女らにしてみれば。
剣を交えもしないで勝手を言うなと思うのか、

 「サリムが言い出すならともかく、
  他の誰が言い立てたって聞こえないねぇ。」

 「そうそう、
  口惜しかったらその娘に勝ってから言いな。」

からから笑って動じない その態度もまた癇に障ったか、

 「言いやがったな、このアマどもが。」

日頃からも気が短いのだろうか、
棍棒を手に試合場へと だかだか駆け入った衛士が出たが、

  剣片手の娘御は、といえば

覆面同然のベールの陰に、
このお日和でうっすらと透かし見える横顔も、
相も変わらず微動だにさせぬままに突っ立っており。
無防備なところへの不意打ちにも見えたよな、
随分な唐突さで振り上げられた得物だったはずが、

 「うがっ!」

ひゅんっと風を切って宙へと舞ったは、
振り下ろされたはずの武骨な棍棒。
勇んで飛び出した衛士がまた、
自分の手元を押さえ込み、その場へうずくまっていて。

 「まさか…。」
 「いつ動いた?」

無防備の極み、
ただただ突っ立っていただけに見えた
深紅のヒジャヴをかぶった小娘。
そんな彼女が、誰にも見えないほどの素早い一閃で、
しかもしかも結構な重みがあったろう振り下ろし、
避けもしないで受けて立っての、
逆にああまで弾き飛ばしたことになる…のだろうか?

 「……。」

ホントにあの娘がやったことか?と、
キツネにつままれたよに唖然呆然とする中へ、
高い高い青空から、やっとのこと落ちて来た棍棒が
ドカリと痛そうな音を立てつつ、乾いた大地へ埋まる。
怒りに沸き立ってた男衆も、受けて立つよと勇んでいた女傑らも、
微妙な沈黙に飲まれかかっての静まり返っておれば、

 「何だ何だ、情けない。」

近場の梢が騒いだような、
あくまでも自然な間合いと響きにて。
そこへと放られたのが、
ほんの少し苦笑を含んだような、
からかい半分と思わすような 剛の者の声音。
しかもしかも、

 「あ…。」
 「ななな、なんと。」

すわ乱入者かと勇み立った衛士らのみならず、
女傑らも、審判役の執政官らも
あっと息を飲んで姿勢を正した相手こそは誰あらん。
くせのある深色の豊かな髪をお背まで流した、
上背もあって雄々しくも屈強な肢体の偉丈夫様。
これほどの男ぶりと存在感をお持ちの御方が
一体いつの間にお越しになられたか、
誰も気づけぬ お人の悪さも健在の、(苦笑)
覇王カンベエ様ご本人ではないかいな。

 「カンベエ様。」
 「陛下、一体いかがなされましたか。」

一応の供として、
小柄な傍仕えの執務官を連れておいでではあったれど、
どちらが護衛か判らぬような、いわゆる文官に過ぎぬ者。
王宮内とはいえ、ここは場末も場末。
執務棟や政務棟は元より、内宮からも離れた単なる空き地、
正式な闘技場でもなく、雑草もちらほらと見苦しいほどの場所だというに。
この国を背負う大切な御身を、
しかもそうまでの手薄な警護で、ひょいと無造作に現していかがする…と。
その場に居合わせた者らが揃って困惑しかかったものの、

 「よいよい。騒ぐな、一同。」

彫深く男臭いお顔をほがらかに破顔させ、
宥めるように響きのいいお声をかけて下さる、ざっかけないまでの鷹揚さよ。
この辺りではそれが常套の男性のいで立ち、
裾は足元まである、襟の立った白い長衣、カンドーラの上へ、
ビシュトという ガウンのような濃色の外衣を重ね。
足元は革のベルトへ通した紐を編み上げるサンダル
…という至って平素の装いにて、
ひょいと下々へお顔をお見せの主上だが。
仰々しい装飾だの宝物だので飾らずとも、
はたまた 多数の従者を率いておらずとも、
その屈強にして精悍な肢体や、重厚で落ち着いた佇まいなどから、
自然と滲み出す威容というものが匂い立ち、
その覇王という最上の身分も自づと知れるというところかと。

 “なんてまあ、雄々しい御方。”
 “こんな間近でお逢い出来ようとは。”
 “畏れ多くて寿命が延びそうな…。”(おいおい)

そして、そうまでとんだ珍客の登場に、
寸前まで ややもすると不穏な空気になりかけていたものが
それはあっさりと拭われたものの、

 「そち、大した腕をしておるな。」

やんわりと目許を細めての、あくまでも笑顔にて、
ようよう通るお声にて、呼びかけたお相手がこれありて。
当然といや当然のこと、
その場にいた全員が、状況を把握したと同時、
慌てふためきつつも揃って跪き、畏敬を示す姿勢となった中。
ただ一人、屈みもせずの立ったままでいる人物がある。
お声を追うように振り返った衛士らが、その先に立ち尽くしている痩躯を見つけ、

 「ちょ…っ。」
 「不味いよ、あんた。」

やはりお顔を上げた女傑らもまた“彼女”に気づき、
引き倒してでも頭を下げさせんとしかけてのこと、
駆け出すためにと立ち上がりかかったのだが、


  「まったく。
   何をしておるかな、我が妃キュウゾウよ。」



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